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投稿者 i_ 投稿日 05/04/07(木) 23:42
BIG IN JAPAN

UTADA slips through New York pretty much unnoticed, hanging out in her Upper East Side apartment and occasionally going to clubs. But in Japan, Utada is mind-bogglingly famous. The pop star, who writes all her own material, has four platinum albums to her name and can barely walk down the street in Tokyo without being accosted by screaming tweens. Thanks to the release of her first American album, Exoudus(Island Records), last October, she may be enjoying her last days of Stateside anonymity as well. She actually grew up harf in Tokyo, half in New York, the daughter of a traditional Japanese singer and a music producer. It's my secret past, Utada says. I grew up with a lot of prep-school girls on the Upper East Side. She initially rebelled against the industry(I had to go to the studio with my parents every day when I was in elementary school, and I thought, 'This is not normal ! ' ) but had a change of heart at age 11 when a Toshiba-EMI executive approached her about writing J-pop songs. Her first full-length albums, First Love, was released in 1999. Now, at only 21, Utada has a distinctly different style from her pop-diva counterparts, Exodus is melodic, chilly and lyrically candid --- much more reminiscent of Bjork than Britney. And the image she projects is as distinct as her music. I wanted to start out neutral [in the U.S.], a blank slate, so people wouldn't judge me as easily, she says. I can't wait to start playing with my image here. ★ Kate Jacobs
ビッグ・イン・ジャパン

UTADAはニューヨークの街を誰にも気づかれずにすり抜けてゆく。 アパートのあるアッパー・イーストサイドをぶらつきながら、時にはクラブにも行く。でも日本では、Utadaは心臓が飛び出るほどに有名だ。 総ての曲を自分で書くこのポップスターは、4つのプラチナム・アルバムにその名を刻んだおかげで、喚き叫ぶ人たちに気づかれることなしに東京の街中を歩き回ることなどほぼムリとなっている。しかし、昨年の10月にリリースされたUtadaの最初のアメリカでのアルバム「エキソドス」(アイランド・レコーズ)によって、今が彼女の合衆国内での最後の無名時代になることだろう。事実Utadaは、(人生の)半分を東京で、半分をニューヨークで過ごした。日本のトラディショナル・シンガー(演歌歌手)と音楽プロデューサーの娘として。「それは私の秘められた過去なのよ!(笑)」とUtadaは言う。「沢山のアッパー・イースト・サイドの中学生の女の子たちと一緒に過ごしたわ。」 Utadaは最初、自らの家業に反抗的だった(「小学生の頃、両親と一緒にスタジオに行かなきゃいけなかったの。だから、こう思ってたわ、『こんなの普通じゃない!」ってね。(笑))。 しかし、11歳のときに心境の変化が訪れる。東芝EMIの重役が彼女にJポップ・ソングを書かないかとアプローチをかけてきたのだ。そのウタダの最初のフル・レンス・アルバム「FIRST LOVE」がリリースされたのは1999年。そして今や、たったの21歳にしてUtadaは、彼女のマネをしたがるポップの歌姫たちと全く異なるスタイルに到達した。「エキソドス」にはメロディが溢れていて、聴き手をぞっとさせるような瞬間を多く含み、怯みのない歌詞世界が築かれている。ブリトニーというよりは、もっとよりビョークに近い。そして、彼女が想像しているイメージ(註:自分のこれからの姿、みたいな感じかな)は、その音楽同様に明晰だ。「私は(米国で)ごく自然に、過去のない状態から出発したい。だから、みんなもそう簡単には私のことを判断できないでしょうね!」そうUtadaは言う。「早くこっちで自分のイメージを築いていきたくってたまらないの!!」★ ケイト・ジェイコブズ
訳者後記: 

UtaDAへのインタビューをもとにして記事を書いているのであれば、インタビューの全貌が知りたいなぁ。もうちょっと彼女のことばを書いておいてくれないと、ワンセンテンスだけでは本心が汲み取りづらいです。あとは、お馴染みの内容なので楽しく翻訳するためにちょこちょこ原文と全然違う訳をしてみていることをご了承くださいませませ♪(^。^;